3児かーちゃんのWebライターブログ

田舎在住、2歳差3人の母による、Webライターについてつづったブログ。

日本郵政株式会社を辞めて

飲食店のバイトに入れ込んで、大学を中退した私。大学時代から住んでいた京都を離れ、実家のある島根に帰ってきて、バイクが好きだからという何とも適当な理由で面接を受け合格したのが、いわゆる郵便配達の仕事でした。

その頃の私は若く、向こう見ずなところがあったので、周りから危ないんじゃない?大変じゃない?と言われたけども気にしませんでした。
そして、仕事をし始めたのですが、結局4ヶ月ほどで辞めてしまいます。私のふわふわとした気の持ちようも悪かったと思いますが、やはり郵便配達の仕事は、大変でした…。

まず仕事をし始めたのが、2月。冬、冬、冬。
そして、山陰は、雪、雪、雪。
一番過酷な時期に郵便配達の仕事を始めました。何日目にどのような仕事を教えてもらったのかまでは、きちんと覚えていないのですが、とりあえず書いてみようと思います。
まずは、入って1日目。私が担当する区域の配達ルートを先輩のバイクの後について回って教えてもらいました。先輩は、郵便物を配達しながら、ポストが家のどの位置にあるのかなど、事細かく教えてくださいました。このときの先輩は40代の男性だったのですが、かなり仕事ができる方でした。でも、1日で1000件ほどの家の場所やポストの位置など覚えられるはずもなく…。
そして、郵便物の仕分けの方法も教えてもらいました。郵便物は、配達担当者が配る順番に並べ替えているのです。これが、とにかく大変な作業で、この仕分けを早くできるかどうかで、仕事を早く終わらせられるかどうかが決まります。
郵便物を仕分けするにも配る順番や住所の番地、誰が住んでいるのかを覚えていないとそう早くできるものではありません。ですが、約1000件分の住所など、入ってすぐに覚えられるわけがありません。当然、仕分けするのは遅くなります。

入って2日目か3日目には、1人で地図を持って配り始めました。そう、住所と名前が入っている地図を持って配るのです。今でも街中で地図を見ながら配達をしている配達員の方を見ると、つい応援したくなります。

そして、1週間する頃にはだいたいルートを覚えたのですが、また壁にぶち当たります。誤配です。
きちんと名前など確認してポストに入れているつもりでも、ハガキにもう一枚くっついていたりして前の家に一緒に配ってしまったりすると、誤配になります。誤配があっても郵便局に電話せず隣のお宅に持って行ってくださる方も多かったと思うのですが、誤配があったと局に電話をくださる方も多かったです。そうすると、配達担当者である私が取りに行き謝罪し、正しい場所に配らなければなりません。間違えたのは私なので当然のことであり、誤配をなくそうと気をつけていたのですが、なかなか誤配の数が減りませんでした。

入って1ヶ月すると、少しずつ仕事を覚えてきて、周りと話す余裕も出てきました。
ですが、郵便配達の人といえば、男の人ばかり。タバコを吸う方が多かったので、灰皿がある場所に行かない限り、なかなか会話できなかったですね。

ちょっと長くなってきたので、続きます。