3児かーちゃんのWebライターブログ

田舎在住、2歳差3人の母による、Webライターについてつづったブログ。

昔からずっとROM専門だった私の人生って

「ROM専っていう言葉は私のためにあるのではないか」

 

こんばんは、季節コンプリートです。

5/1AM9:00納期の仕事をしていたら、こんな時間でした。

そして、眠れなくなりました。

 

深夜ということで、ちょっとおかしなテンションなので、自分について書いてみたいと思います。

 

「興味ねぇ」なんて言わずに読んでね!

 

人と深く関わらず観察(ROM専)していた幼少期

私は3人兄弟の1番上です。

下に妹、弟がいます。

この下2人、幼いころは常に喧嘩をしていました。

そんなとき、私は何をしていたかというと、喧嘩を止めるでもなく、参加するでもなく、ぼーっと眺めていました。

だって、「なにしてるのか、理解できなかったから」&「巻き込まれるのがいやだったから」。

 

そう、私は兄弟ともあまり関わらなかったほど、人とかかわるのが苦手でした。

おそらく、どうしたらいいのかわからなかったから。

 

自分の中でマニュアル化された説明書みたいなものがあれば動けたんでしょうが、幼少期は経験もないし、自分の中にマニュアルができてなかったんです。

どういうことか。

 

例えば、私の小さなときの記憶に印象深く残っているのが、小学校のトイレでの記憶。

幼稚園から小学校に上がり、クラス替えで違うクラスになった友達に、小学校のトイレなどで遭遇するわけです。

そんなときのマニュアルが私の中になかったので、その友達にどのような反応をしたらよいのか、わからなかった。

そこで取った行動は、何もしない。

今なら、「挨拶すればいいじゃない」って突っ込むところですが、当時はなんせ経験が不足していました。

なので、挨拶もできなかった。

そういう行動をとっているうちに、向こうも挨拶をしてくれなくなるので、どんどんと友達との距離が広がっていき、クラスが違う友達とは疎遠になっていきました。

 

「ほんっと、不器用でしたね」

 

というわけで、幼少期からすでにROM専でした。

 

ゲームでもROM専

私が幼稚園くらいのときに、ファミコンが発売され、スーファミ、プレステとどんどんゲーム機が発売されていき、友達とゲームをすることもありました。

でも、そんなとき私は一緒にゲームをするのではなく、横で友達がするゲームを見ているのが好きというROM専をここでもすでに発揮します。

 

ぶっちゃけ、自分でクリアしたゲームといえば、「クロノトリガー」、「ドラクエⅤ」、「ファイファンⅥ」くらいしか思い浮かびません。

(あぁ、略称で歳がばれていく…)

 

中学時代は好きな子をROM専

中学時代、人並みに好きな子ができます。

でも、ここでもROM専を発揮し、見てるだけという恋愛ROM専で中学時代はさみしく終わります。

 

友達関係では仲間内ではあほなこともできるけど、みんなの前では急におとなしくなるビビりな感じで特に大きな事件もなく、中学時代は終わりました。

 

高校以降もずっと変わらずROM専

高校以降も、あまり人と関わらず、挨拶もせず、暗く寂しく過ぎていきます。

クラスの子をROM専してました。

それでも、部活の友達には本当の自分を見せることができるようになっていたことだけが唯一の救いでしたが、そんな部活の友達に

「クラスの友達にも普通にしゃべればいいじゃん」と軽く言われてしまい、

「それができるなら、苦労してないわー」と心のなかでキレていたことを覚えています。

(心の中でしかキレることができない残念さ…)

 

変わったのは、自分の居場所というものに気づいてから

大学に行き、大学でもROM専で周りをぼーっと見続け、あまり周りになじむことなく終わります。

そこで、再び田舎に帰るのですが、ここからROM専だった私の人生が変わります。

 

都会に出て、自分の居場所がないということに気づき、結局田舎に帰ってくるわけなのですが、そこで「自分の居場所はここだったんだ~」と気づくわけです。

 

そう、おそらくずっとROM専をしてたのは、

「自分の居場所はどこだろう」と自分の殻の中でずっと探していたからなのです。

周りを観察し続け、し続け、し続け、でも居場所がどこなのかわからない。

わからないから、観察し続けるしかない。

 

でも、いったん自分の故郷を離れ、帰ってきてみると、なんだかしっくりきた。

「やっぱり、ここが自分の居場所だったんだ」と。

 

それから、自分に自信が持てるようになってきて、今では誰にでも話しかけます。

たぶん、昔の私を知っている人は、びっくりしていることでしょう。

 

自分の居場所を見つけるということ

居場所ってとにかく大切です。

自分がいてもいいって思える場所は本当に大切にしてほしい。

そして、そんな場所があるかないかで、人生の輝きは全く違ってくる。

 

私も今になって思えば、小学生の頃からそんな居場所が学校にあれば、ずっとROM専だった人生が少しは違っていただろうなぁと。

で、私は奇跡的にそんなROM専の立ち位置でもいじめられなかったのだけど、少し違っていたら、いじめられていたのではないかと思うのです。

 

なので、私は人の居場所作りということを手助けしていきたい。

「自分がいてもいい場所」というものがある大切さを伝えていきたい。

子どもたちには、きちんとした居場所があってほしい、私も子供たちの居場所の一部になれたら、そう思うのです。